アンネ・フランクとの誓い(4)
アンネ・フランクの生まれ変わりとして、「マララ・ユスフザイ」さんが、大人よりも大人を知る子ども、そして、「イヴ・エンスラー」さんが男よりも男を知る女であることを強調してきました。次は、女よりも女を知る男が必要になるのですが、それについて、この日記の作者である 「ワンダー・サトー」が、ヤノマミとヤノマミの少女の説明を一つの例として挑戦してみます。
(2014年11月09日),「太公望・老子的兵法」,「神仏に近い人間の集団」と
「ヤノマミの少女」-150809
親愛なるアンネ様
私、「ワンダー・サトー」は、アンネ・フランク様の生まれ変わりとして、女よりも女を知る男の役割が期待されていることを自覚したので、ヤノマミとヤノマミの少女の説明を通して、私の役割の一部を果たしていきたいと思います。
誰もが、逆らうことのできない、宇宙・自然の完全無欠な流れに、素直に従いながら、この人類世界の、本当の意味での平和と安定を考える偉大な指導者は、対立する二つの集団さえも、共存共栄の願いを潜在的に持つ、一つの個人として考えるという思想が、中国にあったと思います。これは、太公望・老子的兵法であると私は考えています。
この日記の作者は男性ですので。 男性ホルモン的な、①優越競争意欲、②全知全能的道理の支配征服意欲、③本能的な性欲管理意欲等が、三位一体化した競争を好む願望と、生まれ変わる前のアンネ様から頂いた、女性ホルモン的思考による、①何時でも何処でも誰とでも仲良くしたい意欲、②全知全能の道理ではなく、完全無欠な道理に従いたい意欲、③環境・文化的な性欲管理意欲等が、三位一体化した、競争を避けたい願望とが、私という個人の心の中で対立していることを認めることで、この「太公望・老子的兵法」を理解していきたいと思います。太公望・老子的兵法については、あとで、「愚者・弱者・醜悪者のための、太公望・老子の共存共栄の兵法」というテーマを設定して、詳しく述べる予定ですが、たてそうでなくても、このブログ全体が間接的に すでにそのようなテーマで進行しています。
その考え方を私なりにまとめてみると、 大人よりも大人を知る子どもや、男よりも男を知る女や、女よりも女を知る男、健常者より健常者のことを知る障がい者、さらに、強い人々の中に潜む弱さ、弱い人々の中に潜む強さ、 賢い人々の中に潜む愚かさ、愚かな(文明が未発達も含む)人々の中に潜む賢さ、カッコよく美しい人々の中に潜む醜さ・カッコ悪さ、反対に、醜い・カッコ悪い人々の中に潜む美しさ・カッコ良さ、さらに正義だとみなされる考え方の中に潜む巨大な悪や、その反対に悪人やその集団と思われている人たちのなかに、潜む本当の意味での正義感等の存在が浮かび上がってきます。これらの考え方は、太公望・老子の兵法の重要な要素になっていると私は思います。
〔ヤノマミ〕は、ブラジルのアマゾンの森の中に住む原始民族で、およそ、100人前後の集団生活をしています。ヤノマミは自らを、人間と位置付け、それ以外の人間は、文明社会に住む私たちを含めて人間以下の存在とみなしています。 彼らの考え方の中には、大人よりも大人を知る子どもや、男よりも男を知る女や、女よりも女を知る男、さらに、弱い人々の中に潜む強さ、 愚かな人々の中に潜む賢さ、さらに、醜い(=美しくないしカッコ良くない)人々の中に潜む美しさ、カッコ良さ等が豊かに潜在していると私は考えています。
ヤノマミの少女は、生まれたばかりの自分の生んだ赤ちゃんを、その場所にいる「精霊](せいれい)=(神仏)と相談して、この世で生きることを認めるか、それとも、この世ではなく、精霊様(神仏)の世界にお返しするために、その場で息絶えるのをじっと待つか、ひとりで決めています。親や部族の責任者は、相談に応じることはできない仕組みになっているのです。 どんなに若い子供のような母親にも、民族の運命にかかわる最も重要な決定をまかせているのです。 これは、他の原始的民族集団の男性指導者たちが、少女を〔いけにえ〕にして、民族の生き残りを図ろうとするやり方とは全く異なっていますし、重大な近親殺人と考える私達文明社会の考え方とも異なっています。
母となった一人の少女に、民族全体の運命の重要な部分の決定をまかせている、ヤノマミこそ、神仏(=宇宙・自然の法則)に最も近い人間の集団なのかもしれません。 ヤノマミの人間観、自然観を私なりにまとめてみると、次のようになります。
人間とは、宇宙の法則により、自然を母として生まれた存在であるが宿命により、母なる自然を支配し、母なる自然を食べて繁栄する。 やがて、母なる自然に支配され、母なる自然に食べられて一人残らず死んでしまうことが、始めから定められた存在に過ぎないのだ。だから、平和と安定のうちに、人類の週末を迎えたいと思うならば、ただ、自然の道理に従うことだけを考え、私たちの知恵のすべてを自然の法則によって浄化してもらう必要がある。
私は、自分の全ての願いや祈りが、最終的に、自分の生んだ子供の命を神仏(自然全人一体の法則)の天秤(=はかり)にかける、ヤノマミの少女の、神仏の計画をただ受け入れようとするだけの祈りに、溶け込んで、一体となることを深く願うものであります。 その結果、ヤノマミの少女の祈り(願い)に、私のそれが溶け込んでいるという実感を味わうときがあります。それを言葉にすると次のようになります。
私がよく知っている世界は、100人前後のこの集団だけ、 私は年齢的には子供だが、子供を産めるので、大人としての自覚を持っているし、私の住むヤノマミの世界の人々も、私を、大人の女として認めてくれています。 この世のあらゆるものは、だれのものでもありません。私が生んだ子供さえ私のものでありませんし、私が住む世界的なこのヤノマミの人間集団のものでもありません。 目の前に横たわって泣いているこの子供は、精霊様(自然全人一体の法則様)のものです。
この子供を 私達人間の集団が受け入れて、育てるのか、それとも、精霊様にお返しする儀式を行うのか、決められるのは、私しかいないことを、私達人間の集団は決めています。人間だからそれができるのだと思います。私は、私たちの人間の集団が 、平和と安定のうちに、終末を迎える日のことを考えながら、この子供が生まれてから死ぬまでの幸せのことを考えています。それは私達人間の集団の幸せと完全に一体化しています。 今回、私は、この子供を、精霊様にお返しすることを決めて儀式を行います。 私達ヤノマミ以外の、人間集団から見れば、殺人的人口調節の儀式のように見えることでしょうが、私たちヤノマミは、完全無欠な道理に従いたいだけなのです。
この考え方は、相手を責めないし頼ることもなく、自分たちにできることの可能性を深く調べると言う意味で、太公望・老子的な共存共栄の兵法の重要な要素になると思います。それはそれとして、ここでは、シャーマンと呼ばれる、ヤノマミの男性指導者達こそは、まさに、女よりも女を知る男達であり、私もその一員になれたような気がしていることをアンネ様に報告できることを感謝します。ヤノマミの存在を知ったことも、アンネ様のインスピレーションのおかげだと思います。
私は次のように祈ります。「わが魂の全てよ! 子供を生んだすぐあとのヤノマミの少女の魂に溶け込め! そして、自然全人一体の道理に従い、平安を得て、日々生まれ変わるのだ!」 そして、その魂の世界を、今、私は実感しています。 この魂の世界は、平和で生活したい人間の精神活動の始まりであり、人間の知恵で確認できる道徳や宗教、科学、政治、経済、教育等のあらゆる思想の始まりであり、同時に私達の知恵を原点に戻す〔メルテング スポット〕なのだ。なんという穏やかで 心安らぐ場所でしょう 最高に素晴らしい、ここは!
アンネ様、ヤノマミのシャーマン様、そしてヤノマミの少女様、ありがとうございます」
あなたの心の恋人Wonder/Satoh より