2014.10.13 気まぐれブログ作文日記の作成開始
アンネ・フランク との誓い
Wonder2.Webnode.jp のワンダーです。アンネ・フランクが、自分の思いを、キテイ様と名付けた、この世には存在しない友人に手紙で知らせるようにして作成した日記に感動したので、、私も「アンネ・フランク様」 と呼びかけて、同じように作成してみることにしました。 私は、このブログ日記を、アンネと同じように心の友にしようと考えています。
ユダヤ人虐殺で死んだ、「アンネ・フランク」様、知的障がい者だった釈迦の弟子、「チューラ・パンタカ」様、母なる神アマテラスのモデルとなったと私が考えている、「卑弥呼女王」様、達を含む、霊の世界の、目に見えない背後の無数の応援団から、送られてくる、インスピレーションの「マナ」(=心の食物や薬)に感謝します。 また、目に見える人々の、決して気分が良いとは言えない対応も含めた、応援にも感謝します。
不安になる時は、「たとえそうだとしても」と考えなおし、期待している時は、「たとえそうでなくても」と考え直しながら、今後の残された人生を、このブログと共に、歩んでまいりたいと思います。
目に見える世界も、目に見えない世界も、管理しておられる、唯一絶対の完全無欠な審判者(裁判官)を想定できますか? この審判者を通して、私たちは、この世のあらゆるもの、あらゆる出来事は、諸行無常でしかも完全無欠な原因があり、だれか一部の人々の考え方を除外して解決できるようなのものでもないということがわかると思います。
ヤノマミという原始的人間集団は、この世のあらゆるものは、精霊様(=自然全人一体の法則様)のものであると、考えており、それが、浄土世界においては正しい考え方とは思いますが、ここでは、持続可能な文明生活という視点に立ち、カウンセリング技術の中で重要な、傾聴、共感、受容、非審判的態度等を、をあらゆる人々に適用し、アンネ・フランクが強調するように、「たとえどんなことが起ころうとも、人間には、消えることのない良心がある」ことを、重視し、良心を引き出すことが私たちに求められているに違いありません。
「被害者はもちろん、悪事を引き起こすような不幸な人(加害者)が、この世に、一人でもいるのなら、その責任は、私にもあると考えたい」というようなことを、仏教徒の、「親鸞」は、おっしゃっていたと思いますが、その意味を、私なりに解釈すると、「その悪事発生には、全く関係ないと考えている人々の魂を、完全無欠な審判者の心の鏡に映してみると、その悪事発生の、根本的で完全無欠な原因の一部に、その人も無関係とは言えない,「秘密や、不信感・警戒感、権利」等を正当化してしまう態度が映し出されているに違いありません。そのような人々の心を改める努力が、私には足りなかったのだと、私は、考えたい。 この世のあらゆるものは、誰のものでもない、誰のものでもないということは、神様・仏様(=自然全人一体の法則様)のものだとも言えるが、わかりやすく言えば、みんなのものである。 さらに、厳密にいえば、動物たちや植物たち等、生き物全体のものに違いないのです。
私たちが、当たり前のように、自分(達)のものとして、所有したり、管理したりしているものは、すべて、自分(達)が、所有したり、管理したりすることが、最もふさわしいと、全員一致的に認められて、この世に生きている間の一部の期間だけ、預かるべきものだと、考えていきたいです。
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